中島敦『光と風と夢』のちょっとした誤謬と思われる記述について

中島敦の唯一といっていい長編、『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』を著したロバート・ルイス・スティーブンスンを描いた『光と風と夢』(数年前から途中で積んでいる)に次のような段落がある。青空文庫から引用する。

 生垣の中にクイクイ(或いはツイツイ)の叢生している所を見付けて、退治にかかる。この草こそ我々の最大の敵だ。恐ろしく敏感な植物。狡猾な知覚――風に揺れる他の草の葉が触れたときは何の反応も示さないのに、ほんの少しでも人間がさわると忽ち葉を閉じて了う。縮んでは鼬のように噛みつく植物、牡蠣が岩にくっつくように、根で以て執拗に土と他の植物の根とに、からみ付いている。クイクイを片付けてから、野生のライムにかかる。棘と、弾力ある吸盤とに、大分素手を傷められた。

中島敦 光と風と夢

ここで、ライムにふつう吸盤など無いので違和感があるが、恐らくこれは、作者が元にした資料の中に sucker とあったのを、「ひこばえ」ではなく「吸盤」と誤訳したものなのではないだろうか。私は偶然こんなはてなIDを取っていたので気になったのだ。博覧強記の鬼であったろう中島敦もこんな間違いをするのかと思うと少し微笑ましく、また私のような者のささいな間違いも大目に見てもらえるのではないかなどとも思うのである。