傘折り男

数年前のこの街で、翌日晴れると予報された雨の日には、コンビニや商店の傘立てに置かれた傘を折っていく男が出没していた。
この街の住人は皆ビニール傘しか持たなくなったし、傘折り男の噂を知らない不運な来訪者は、大切な傘の無残な姿にしばらく消えない悲しみや怒りを心に刻みつけられたり、急な五百円の出費を余儀なくされて憤慨したりした。
傘折り男は犯行を隠そうともしなかったし、この街でしか事件を起こさなかったので程なくして捕まったが、一回目の不起訴のあとも、二回目に器物損壊に執行猶予がついても懲りずに傘を折ったので、ついに実刑が下されて服役中だ。
彼の言うことには、彼はいつの頃からか雨が嫌いで嫌いで仕方なく、ある雨の日腹立ち紛れに道端に捨てて置かれた傘を膝に叩きつけて折ったところ、ピタリと雨が止んだので、この街のすべての傘をことごとくへし折れば、雨が降らなくなるそうだ。
一回目に彼が逮捕された時、この話を聞いたとある巡査が、馬鹿な話もほどほどにしろ、天気予報を見ただけだろうがと彼を叱りつけたが、彼は雨を知らせるニュースなど誰が見るものか、私が折ろうと思ったときに折れば確かに雨は止むのだと答えて、頑として譲らなかった。
あの頃この街の住人の中でも普段天気予報を見るような習慣のないのんきな人間は、雨の日店先で折られた傘を見るたびに、明日の晴れを知ったのだった。
(2009-09-22)